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2016年感謝を込めて

2016年12月28日
2016年 お世話になりました。
ありがとうございました

本日の理科実験教室で年内の事業は終了です。

今年もたくさんの子供達の頑張っている姿を見ることが出来、hahaかふぇメンバー一同感謝しています。
いつもhahaかふぇを応援くださりありがとうございます。

2016年の一番の出来事は防災の事業を始動したことです。
この事業は、2017年から大きくhahaかふぇの活動に関与してきます。
hahaかふぇは、地域密着活動を続けてまいりました。
防災の事業は、全国規模に発展して行きます。
皆様のご支援を何卒よろしくお願いいたします。

地域の子供達のキラキラ笑顔を見守る事と、
全国の子供達の笑顔の為に活動して行きたいと思っております。

2017年もよろしくお願い申し上げます。

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2013年コープこうべ虹の賞、2014年神戸市市民福祉顕彰、2015年あしたのまちくらしづくり奨励賞、
2016年は何と!初めて優秀賞を賜りました!
ありがとうございます!

2016年12月28日
感謝を込めて
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hahaかふぇ 西谷真弓 



私の使命!

2016年06月24日
私の使命!

長男9才に!長男が生まれた事がきっかけで色んな事を考えるようになりました。
長女が生まれた時は、この子はどんな子に育つのかな(#^^#)
次女が生まれた時は、私のすべての良い所を与えても良いから
優しく賢い女性に育ってほしい。そのための親としての姿勢、見せなければ!

そして長男が生まれた時は、地域を子どもが育ちやすい、
異世代が繋がっている地域にしたい!と、
団体を立ち上げコミュニティ作りをしてきました。
この9年、そのためにやってきたこと、
自分自身が生まれて来てから経験したことがぜーんぶ繋がって、
大げさだけど使命を見つける事が出来ました。

無駄な事なんて、何もない!これからは使命を見つけたから、
とってもシンプルに生きていけます!
子どものための人生から、自分の使命を全うするための生き方へ!
毎日がとっても楽しい!
防災お菓子リュックは私の使命\(^o^)/

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お菓子があるとなぜ笑顔になるんだろう(o^^o)
たくさんのママが手伝ってくださり
120人分のお菓子リュックを仕分けできました。
最初の第一歩、皆さんのおかげで進めることができました!
そのあとお菓子リュックを作成!
フェイスブックを通じて知り合い、リアルな関係になった人、地域のママ友、赤ちゃん先生の仲間、きっかけはそれぞれだけど、
この先もきっと繋がっていく関係になれました。
お菓子を組み立て、リュック作成の時はワイワイ和やかにみんなが親密になれた!
お菓子って子供だけじゃなくママも笑顔になる!

お菓子があると、どうして笑顔になるんだろう。
自然と笑顔が出て、ママ達もワイワイリュックを作りました。
そして子供にリュックを背負わせて(#^^#)

お菓子は笑顔になる何かがあるんですね。
私はそういう存在になりたい。
わたしはお菓子。お菓子はわたし絵文字

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熊本地震について

2016年04月20日
ようやく熊本に物資が届いているとの報道を耳にして安堵と共に思い出した事

東日本大震災の時、赤ちゃんや子供の物資を送ろう!と仕分けの作業をしました。

その時に思った事は、

人それぞれの基準が違う!という事でした。

おそらく何十年前の新品の肌掛布団は黄ばんでました。

試供品でもらえる石鹸、倒産した会社が配ってたもの(何年前のだろう・・)

新品だけど、ちょっと使って開封しているもの。

日常の生活で、もらえるものがあれば試供品の石鹸も、黄ばんだ布団も、
ありがたい!って思える私です。

ですが避難所生活を送られている方々に対して、どうなんだろう?と
思いながら、仕分けしてました。

この事はhahaかふぇが熊本地震の支援をする際に、教訓にしたいと思っています。

この度の熊本地震について、私が出来る事をやって行こうと思っています。

阪神淡路大震災の時は子供たちを笑顔に!という思いで、自分自身も被災していながら移動駄菓子屋を始めました。
私自身が癒された駄菓子で、子供たちに耐えれる何かをしてあげたいという思いから、軽トラックで路地や団地に周って駄菓子を子供たちに。
今日はいっぱい子供たちが来てくれたなぁと、思っても、駄菓子屋10円~のもの。
ガソリン代等を引くと、利益なんて無いに等しい中、
あれだけの体力とエネルギーは、20代だったからかなとも思います。
気力だけで移動駄菓子屋をやってました。

そして東日本大震災の時、神戸のママだからこそ、支援したい!という思いから、
神戸ぽけっとnet. という子育て支援者ばかりが集まり、
神戸市に移住してきたママを支援するための団体発足に携わりました。
チャリティフェス、義援金、子供の服を被災地に送りました。

そしてこの度の熊本地震、防災お菓子リュックをもう少し早く展開していれば!という悔しい思いがしています。
この思いを二度と味わいたくないために、
防災お菓子リュックを展開するとともに、いま私にできる事を一つずつ、熊本の被災した皆さんに届けます。

hahaかふぇの活動費の一部を下記に寄付いたします。

http://cyber.pref.kumamoto.jp/bousai/Content/asp/topics/topics_detail.asp?PageID=3&ID=1174&type=1

2016年4月18日  hahaかふぇ 代表 西谷真弓

熊本地震について

2016年04月17日
熊本地震について

大きな地震がまた、日本で起こりました。
20年前の阪神淡路大震災の記憶が、よみがえり心を深く痛めております。
避難所での生活、辛さ、悲しさ、きっと20年前と同じ状況だと思います。
食料は足りているのか、飲み水はあるのか、生死にかかわる状況の中、
親は子どもを守りながら避難所生活をおくらなければいけない。
親もいっぱいいっぱいなのに。
地域の方々、少しでも心に余裕のある大人の方々が
子供を守ってくださいますよう、祈るばかりです。


2016年4月17日

もう30才!?

2016年04月04日
「おばちゃん、ぼく引っ越しするねん」

いつも移動駄菓子屋に来てくれてた男の子。
最後の日は、そう言ってました。
体操服を着て、いつもよりながーく夕暮れギリギリまでお菓子を選んで帰って行ったあの子。
移動駄菓子屋は暗くなるとお菓子が見えないので、暗くなる前に店じまいします。
鮮明に覚えています。あの薄暗い中、お菓子を選んでいる姿。
真剣な横顔。今は30才!?

「四国の実家に帰るんです。引っ越しする前に会えて良かった。」
そうご挨拶に来てくれたママも居ました。
震災で生活が変わって、引っ越しせざるをえなくて実家へ。
泣いてお別れしました。
お菓子が繋いでくれたご縁。そのママも、今では50才位!?

月日が流れるのって、早いです。

駄菓子屋のおばちゃん、って呼ばれてた私は、すっかりおばちゃん。
当時は20代だったんですけれど(#^^#)

もし、この投稿を読んでて、20年前に私がやっていた移動駄菓子屋でお菓子を買った方が居られたら、連絡入れてください。

ピンクの手作りのれんに赤色で「おかし」がトレードマークの移動駄菓子屋。
買ってくれた子供たちは、もう30才近くになってるのね!
信じられない~絵文字

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新しい門出!

防災お菓子リュックがJRの財団さんから助成頂ける事になりました!

私が幼い頃の寂しさを乗り越える事が出来たお菓子で、子供たちを笑顔に!

40才を過ぎたころから私の生まれてきた意味、使命って何だろう。と、
考える事が多くありました。

人は使命を持って生まれてくる。その使命に気付いたら人生は楽になる。

心が動かされる事、それが使命に近い事、このヒントから、
私が心を動かされるのは、子供たちの幼い命が亡くなった時に
心が痛いという表現しか出来ない状態になり、
子供のママに対しても、何とも言えない感情が胸をいっぱいにしました。
命を奪ったのがママであったとしても、ママも責める気持ちでなく、
心が本当に痛かった。

この事から私は子供の笑顔を守るため、作るため、
子供の後に居るママの笑顔を見るため。これが私の使命!と確信しました。

防災お菓子リュックは、私が子供の頃、笑顔を忘れた子供時代を経験し、
その時にお菓子を食べる事が唯一の慰めだった事、
20年前の阪神大震災後の移動駄菓子屋を無我夢中でやったこと。
私の人生のぜんぶが、防災お菓子リュックに繋がっている。

使命を見つけた私は、この道を全う致します。
防災お菓子リュックでどんな時も子供たちを笑顔に!
ママも笑顔に!そして私も笑顔に。
2016年4月1日 防災お菓子リュックを始動いたします。

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ハンドベルくらぶ今年度終了!

hahaかふぇの活動は、
①子どもが華やかになる!
②子どもが体験できる!
③子どもが発表する!
この3つに焦点を当てて活動しています。

先日ハンドベルをほぼ毎週練習してきた子供たちの発表会がありました。
11月~練習を始め、5ヶ月に渡り、異学年の子供たちが一生懸命練習した成果は
垂水区役所で披露いたしました。
練習の時の子供たちの様子を思い出し、涙が出そうになりました。

本番の子供たちは本当に上手に皆で力を合わせて演奏していました。
観客の方々も、一緒に歌ってくれたほど上手でした。

目的に向かって努力し、輝いてキラキラしていた子供たちの姿を見る事が出来、私たちも本当に幸せです。

打ち上げも楽しかった!

子供が保護者だけではない社会の中で色んな体験が出来る事を
これからもやっていきたいと思っています!

二人の母の教え

2016年03月25日
私の実母は46歳で亡くなりました。私は23才でした。
母と暮らしたのはわずか数年。
手を握り看取りました。
最後まで母は、愛する男性を待っていました。
この事で私は、子供を大切に子供を一番に愛そう、と心に決めました。

お姑さんも私だけが看取りました。
夫と舅は、潮の満ち引きの時間を調べ、今行っても何もならないと話し合い決めたとの事、腑に落ちない私は夜中に車を走らせ、結局嫁の私だけがお姑さんを看取りました。
姑は、何も求めず、最期まで自己主張をせず受け入れてくださる人でした。
私なら嫁に看取られるより息子に看取られたい、って思うけれど、
お姑さんはきっと、そうは思わない。
この事から息子も娘も居る私は、母親の無償の愛を教えてもらいました。
子供を愛して、何も見返りなどは求めない、ただ愛するだけ。
深い深い母親の愛を教えて頂きました。

二人の母の最期の教え、心の奥深くにしっかりととどめたいと思います。
そしていつか私も子供たちに。

笑顔の連鎖(#^^#)

2016年03月23日
hahaかふぇの活動は子供たちの笑顔のため。
子供たちの後にいる、ママの笑顔のため。
そしてその光景を見る私たちのため。
笑顔を見るのを嫌がる人っているかな?
悲しい時、笑顔になんかなれないし、そういう雰囲気の中にも居たくない時って、
経験ある人も居るかもしれない。
でも、悲しい時や辛い時は無理やり笑顔にすると、
気持ちが楽になるらしい。
笑顔の効果ってすごい!
今日も子供たちの笑顔を見る私たちが笑顔になれる!
この幸せに感謝です(#^^#)

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私は一人っ子。その私が3人の子供の母親です。

兄弟ってどんな感じなんだろう?
想像がつかないです。

先日伯母が寝込んだ末、他界した事を知り、子供たちに伝えました。
「お母さんのお母さんは、46歳で亡くなって残された私は寂しい思いをしたけど、
長生きして看病してもらって寝込んだ末に亡くなるより、若いうちに居なくなる方が残された身には、悲しいけど良いのかもね・・・」と伝えた所、
長女が「私らは3人居るから、お母さんの看病も3人で変わり交代で出来るから、長生きしてくれた方が良い」って言ってくれました。

何だか涙が出るほどうれしかった。
兄弟って、良いものですね。

残業ママのためにファミサポ(託児)を続けています。
仕事を持つ私。昼間の託児は難しいのですが、夕方~なら出来るかな、と
残業ママのため、子供を預かっています。

今までの学童保育は、最高でも6時までに迎えに行かなくてはいけない、
残業すると、こちらに帰って来れるのは7時過ぎになる、困ったなぁと、
フルタイムで働くママの一言がきっかけでした。
急な残業とかもあるし、それじゃ私が預かろう!と思ったのです。

でも、4月~は19時までに!\(^o^)/
良かった!子供を預かれないのは寂しいけれど、安堵しました。

ママの困った!のすき間を埋める事、私が役に立てる事、
これからも地域で続けていきます。
世話焼きおばちゃんが、世話焼きおばあちゃんになる日まで(*^^)v

7年も活動をしていると、赤ちゃんだった子供が小学生になってます。
ヨチヨチ歩きだった子供が、挨拶をしてくれたり、恥ずかしそうに手を振り返してくれたり。
hahaかふぇに来てる子供たちや、ママを知ってる子供たちは、
やっぱり気にかけてるなぁと思います。
会うと姿が見えなくなるまで見送ってる私がいる。
気になるんですよね。
先日、夜9時位に中学3年生が歩いてて、きつい口調で
「どうしたん!?どこに行くの?」って聞いたら
「塾の帰り」って驚いて返事をしてくれました。
こういう世話焼きおばちゃん、地域にいっぱい居てくれたら
子育てって本当に楽になるんです!
賛同くださるママ募集中!

社宅のママ

2016年03月17日
地域に大きな社宅があるんです。
そのママ達の事情を知ったのが8年前。
それは、
①夫の転勤で引っ越ししなくてはいけない。
②知人が居ない土地。
③実家にもあまり帰れない。
目からウロコの事情でした。
転勤辞令が出るのは、1ヶ月ほど前。
転勤先には知人も居ない。社宅内は、部署も違う方々のため誰が誰やらわからない。
交通費の事があって、実家には年に数回帰る程度。

そんな事情、本当に知らなかった!
頼れる人がそばに居ない、夫は帰宅も遅い。
長女を出産してすぐ、母が亡くなった私を思い出しました。

この事がきっかけで、7年前に育児サークルを立ち上げたんです。
当初のママ達は、もうほとんど社宅には居ません。
みんな社宅の10年しばり(10年したらでなくちゃいけない)や、
転勤で遠い所に行ったママも。
会えないなぁと思っていたら!

防災お菓子リュックが、東京からオファが!
全国に広めたいと思っていたけど、こんなに早く日本の首都に行けるなんて!
みんなに会える!

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当時の写真(#^^#)

ママの力は最大!

2016年03月16日
子供の笑顔はママの力が最大の栄養!

近所の世話焼きおばちゃんが子供に目を配り世話をしても
ママに勝ることは到底できない。
そう思って活動をしています。

私も3人の子どもを育ててきて、子供を愛しているけれど
どうやって表現したらいいんだろうって、時々考えました。
仕事やいろんなことがいっぱいいっぱいで、余裕の無い時は
怒ってしまったことも多々あるし。
そんな夜は、なんでしょうもないことであんなに怒ってしまったんだろう、って
自分を責めて後悔した日も、何日もありました。
母親だって完璧じゃない。
それで良い。
hahaかふぇの活動が、ママと子供たちの笑顔に少しでも役に立てれば!
その思いです。

hahaかふぇ 代表 西谷真弓